味の濃い~お母さんになりたい!!!

ゆうこ先生

先週はお忙しい中、おたんじょう日会、育ての会の開催をありがとうございました。毎回はげまされるお話しばかりで、ちゃんと子供に返せるようにせねば、と熱く思います。

私もお片付けのことで悩んでいた母の1人です。

「できないことを見るより、できることを伸ばせば良い、そうすれば、後からついてくる」と以前話して下さったのが印象に残っています。(何に対してもそうですね。)

昨日、散らかったまま子供と一緒に寝てしまいました。手紙を書いたり、ゆうびんやさんを姉と弟でしていましたので、床にはシールやら便せんやらが… (後で片づければいいや。)と思う私。昔だったら「これくらいしまってくれればいいのに。」「いつお片づけしてくれるようになるんだろう。」と思っていたと思います。

明けて、朝。「おはよ~う!」と機げんよく起きてきた弟。昨日の充実があってか、いつも以上にいい顔。私が朝ごはんをつくっているときふとみると、シールを”シール入れ”に入れている…。ひとつ残さず。いつのまにか、できるようになったんだ…。少しさみしいような嬉しいような。一つの例ですが、いつのまにか、と感じることが多くなった今日このごろです。早く、いつ?と思っている時期はこんな思いをかみしめたことはありません。

おたよりのバックナンバーを頂きありがとうございます。危機感を感じる、というのがすぐに出た感想ですが、思うよう言葉にできず恥ずかしかったです。

その後、母部屋でも”日常”について話す機会が持てたりしました。風呂がボタン1つで沸いてしまう時代、相手のことを考えたり(あつくないかな)、湯かげんを見る、手をお湯に入れてみたり、そういうこと一つとってもていねいさや思いやりがきはくなのかなぁ…と思ったりします。

私の子供のころはお風呂にラッコの温度計が浮いていて、入る前は必ず、母が手を入れてお湯を見ました。「入っていいよ」「少し水を足そう」「ちょっと〇〇もさわってみて」などと言っていたのを憶えています。

子供といて、”日常”を感じるとき、あつい日の夕方に打ち水をして、子供がとびのいて笑ったり、コンクリートが黒くなっていく感じや、夕やけ、赤とんぼ。月がキレイだったら部屋の電気を消してみる。静けさや、虫の声。いいにおいがしてきた!と味見しにくる子供…

「こういう日は心にゆとりがないとできない。」と思っていたのですが、楽しくするのも、しないのも、ゆとりがあると感じるのもそうでないのも「自分」だなぁ、と。そう思うと、何とでもなりそうではげまされます。毎日、味の濃い~お母さんになりたい!!!頑張ります。お母さんと一緒にいると楽しい、そう思ってほしいです。



 

 

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